私が口腔外科専門医(日本口腔外科学会指導医)ということもあるのかもしれませんが、当医院ような開業医でも年に数例は口腔癌の患者さんが来院されます。実際、日本では年間約6000人程度の方が口腔癌に罹っておられます。残念なことに患者数は年々増加傾向にあります。日本ではその約半数の方がお亡くなりになっておられ、これも増加傾向にあります。一方、アメリカをはじめとした先進諸外国では口腔癌の患者数は増加しているにもかかわらず死亡率は減少しているようです。これはアメリカをはじめとした先進諸外国では、国を挙げて癌対策に取り組んでいることもあり、早期発見早期治療がなされていることがその理由のひとつではないかと考えられています。

お口全体のことを口腔といいます。そのためお口にできた癌のことを総称として「口腔癌」と呼んでいます。しかしながら、実際はそれぞれ部位に応じて呼び方も分類されています。舌にできたものを「舌癌」、歯茎にできれば「歯肉癌」、同様に「口腔底癌」、「頬粘膜癌」,「口唇癌」 「口蓋癌」などがあります。発症頻度は「舌癌」が最も高く、次いで「歯肉癌」となっています。

「口腔癌はどうしてできるのですか」とういう質問を受けることがあります。残念ながら今のところ原因は明らかではありません。一応、リスクファクターとして、他の癌と同様に「喫煙」が最大のものとして挙げられています。「飲酒」も「喫煙」に次ぐリスクファクターとなっています。

しかしながら、「喫煙」や「過度の飲酒」が口腔癌の原因とは言い切れません。喫煙習慣のない方でも口腔癌は生じます。さらに、癌になる可能性が数%程度あるとされている口腔白板症という粘膜疾患からの癌化率は喫煙者より非喫煙者の方が高くなっているのです。

とはいうものの、癌の予防のためには「禁煙」や「過度な飲酒」は避けた方が賢明でしょう。私が言いたいのは、口腔癌の原因はまだ解明されてはいないということです。あくまで私見ですが口腔癌の原因はひとつだけでなく色々あるのではないかと思っています。

以前米国カリフォルニア州で口唇癌の予防のために「帽子を被ろう」というキャンペーンが行われたことがあります。その結果口唇癌の発症が劇的に減少したということがありました。このことから、口唇癌の発症原因のひとつには紫外線があるのではないかと考えられています。

さらに、私が東大病院に勤務していた時、当時細菌学講座の助教授であった岩本愛吉先生のご指導ののもと、子宮頸癌を引き起こすパピローマウイルスが口腔癌の発症に関与しているかどうか調べたことがあります。残念ながら口腔癌からは子宮頸癌パピローマウイルスは検出されませんでした。しかしながら、この結果は口腔癌の発症になんらかのウイルスが関与している可能性を完全に否定するものではないと思っています。舌癌についてみると、子宮頸部の粘膜と舌の粘膜の形状が比較的類似しており、その発症部位は舌の側縁にほぼ特定されます。加えて、臨床統計上子宮頸癌が多い国や地域は口腔癌も多く発症しているのです。これらのことを考え合わせると、子宮頸癌パピローマウイルスのようなウイルスが舌癌の発症に関与している可能性は充分あると考えています。今後の研究に期待したいと思います。

 述べてきたように、口腔癌の原因は明らかではないため、完全に予防する方法は今のところありません。予防するのは難しいのであれば、せめて不幸な転機に至ることは避けたものです。そのためには早期発見早期治療が重要です。癌が小さく転移がなければ5年生存率は90%以上あり、他の癌と比べても悪い成績ではありません。また、治療後の後遺症やQOL(生活の質)の低下も著しくありません。

口腔癌は比較的小さいうちは痛みや出血もなく、自覚症状が乏しい場合もあります。ご自身が違和感を感じるころにはある程度進行してしまっていることも少なくありません。では口腔癌の早期発見早期治療にはどうしたらいいのでしょうか?私は歯科定期検診の活用をおすすめします。定期的に通院していれば、ご本人が気づかないような粘膜の小さな変化に歯科医師や歯科衛生士が気づくこともあります。また歯科医師や歯科衛生士と顔馴染みになっていれば、あえて病院にいくのをためらうような些細なことも気軽に相談できます。虫歯や歯周病の予防だけでなく、口腔癌の早期発見などを含めたお口の健康のためにも定期的な歯科検診をご活用いただければと思います。