フッ素は虫歯予防に効果があるとよく聞きますが、「本当に効果があるのか」また「どのぐらい効果があるのか」という疑問をお持ちの方も少なからずいらっしゃるかと思います。そこで今回はフッ素について述べてみたいと思います。
 まずフッ素はどのような機序で虫歯を予防すると考えられているのかということについて説明いたします。その説明をする前に、虫歯のでき方について簡単にお話しておく必要があります。例えば、食事をしたり、甘いものを食べたりすると、歯の表面にくっついているいわゆる虫歯菌が「酸」を産生します。この「酸」によって歯の表面が溶かされます。この段階での歯が溶かされた部分は非常に微細で目に見えるようなものではありません。正常な過程すなわち虫歯に至らない場合ですと、この「酸」はある程度時間が経ちますと唾液の成分によって徐々に中和されます。ついで、溶かされた部分に唾液の中にあるカルシュウムやリンが沈着し、歯は補修されて元どおりになります(再石灰化)。すなわち、私たちの歯の表面は食事のたびごとに溶かされたり修復されたりを繰り返しているとも言えます。しかし何らかの事情によって「酸」によって溶かされた部分の修復過程がうまく機能しないと、溶かされた部分ががだんだん大きくなって、その結果目で見える虫歯となるのです。
 フッ素は、酸によって歯が溶かされにくくなったり、溶かされた部分の修復が起こりやすくなったりすることで、虫歯を抑制する効果があると考えられています。具体的には、以下に挙げる三つの効果が考えられています。(1)プラーク(歯垢)の中の虫歯原因菌の働きを弱め酸が作られるのを抑える(細菌の酸産生抑制)効果。(2)フッ素が歯に取り込まれると、歯の質を強くして、虫歯原因菌のだす「酸」に溶けにくくなる(歯質強化)効果(3)歯から溶け出した歯の成分であるカルシュウムやリンの再沈着(再石灰化)を促進する効果です。これら三つの効果によって、フッ素は虫歯ができる過程を抑制し、虫歯予防に効果があると考えられているのです。
 では、実際にフッ素が虫歯予防の効果があるのかということについて述べたいと思います。このことについて大変興味深い研究がありますのでご紹介させていただきます。この研究は日本の新潟県のある村で行われました。ある村の乳幼児全員に対して、2ヶ月に1回すなわち年6回のフッ素の歯面塗布を行ったところ、乳歯の虫歯の本数が、平均6.69本から2.04本へと劇的に減少したのです。これは減少率にして69.5%で7割近く虫歯が抑えられたことになります。また、3歳児における虫歯のない幼児の割合も17.7%から51.5%へ飛躍的に増加しました。以上のことから、フッ素は虫歯予防に効果があることが明らかとなりました。
 この研究を行うにあたり、診療所に来られなかった乳幼児にも、家庭訪問までして2ヶ月に1回のフッ素塗布を行なったそうです。関係者各位の並々ならない熱意と村民のご協力に敬意を表さずにはいられません。その甲斐あって、このような素晴らしい研究結果が得られたのです。しかし、フッ素塗布については、通常行われているような年2回程度の塗布ではその効果は半減し、虫歯抑制効果は20%程度となってしまうようです。やったりやらなかったりというのであればその効果はあまり期待できないかもしれませんので注意が必要です。
 それでは通常よく使われる歯磨き剤でどのぐらい虫歯抑制効果が期待できるのでしょうか? フッ素の入っていない歯磨き剤を使った方と高濃度のフッ素(1100ppm)が入った歯磨き剤を使った方との虫歯の発生本数を比較した研究があります。フッ素の入っていない歯磨き剤を使った方は1年間に平均1.24本の虫歯ができたのに対して、フッ素の入った歯磨き剤を使った方は、1年間に0.73本でした。虫歯の減少率は41%で、フッ素の入った歯磨き剤でも虫歯を抑制する効果があることが示されました。
 前回、虫歯にも色々あると述べましたが、歯の付け根の虫歯(根面う蝕)に限っていうと、フッ素の虫歯抑制効果はもう少し期待できそうです。すなわち、フッ素の入っていない歯磨き剤を使った方では1年間に0.43本の根面う蝕ができたのに対して、フッ素の入った歯磨き剤を使われた方の根面う蝕は0.14本で、同虫歯の抑制率は67%という結果が得られています。ですので、歯茎が痩せて歯の根が見えているような方は、フッ素の入った歯磨き剤を使われることをお勧めいたします。現在わが国では歯磨き剤では1450ppmのフッ素が入ったものが販売されていますから、そういう歯磨き剤をお使いになれば、この研究よりはもう少し良い虫歯抑止効果が期待できるかもしれません。
 以上述べてきたように、フッ素は虫歯予防に効果があると考えて良いのではないかと思います。しかし、その効果は最大で70%程度で、決して100%の虫歯抑制効果ではないことに留意していただきたいと思います。フッ素を使った虫歯予防は、歯に直接フッ素を塗る歯面塗布という方法やフッ素配合の歯磨き剤を使う方法の他に、フッ素洗口液でうがいをする方法があります。いずれの方法をとったとしても、フッ素の効果を期待するなら根気強く継続して行うことが大切かと思われます。また、何度も述べますが、虫歯を予防するためには、フッ素を過信することなく、まずきちんと歯磨きができていること、お砂糖の入った間食や飲み物の摂り方に注意すること、定期的に歯のクリーニングを受けることが重要であることは言うまでもありません。